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今を生きるために必要なこと

コロナウィルスがまんえんしようと、学校が休校になろうと、 僕たちの生活は楽しい、そのように感じることができる今です。 先週、僕はじっとパソコンの数字にかじりついて、 それに対してたいくつしている息子に、 「ごめんね、今、お父さんは時代を見ている、あとで説明するからね。」 と言っていました。日本だけでなく、世界が元気を失い、 僕自身、生まれて初めて見る数字に、とても踊らされました。 それに対して、息子は、 「コロナウィルスってペストみたいなもんだね。  だから、野口英世ってえらいんだね。」 と言ってきました。 その言葉に、とても勇気づけられました。 というよりむしろ、その言葉は、彼に寄り添う僕たちに 確かに未来があることの証拠だと感じました。 子どものリスクを支えるのは、僕たちの仕事だと思っていたのに、 彼がニュースを直視して、今をまさに読んでいます。 人々の不安という直観に、あえて7歳の彼は、 それを学びとして、記憶しています。 最近僕たち夫婦は、ある共通点を見出しました。 それは、二人とも、まともに塾に通ったことがない、というものです。 確かにそれが、時にネガティブに会話を誘導することもあります。 これから彼を塾に通わせることができないんじゃないか、とも話します。 それでも、彼が「今を感じる」という力は、 僕たちがおぎなえない素直さを愚直に感じさせます。 今を感じるには、パターンとして見る力ではおぎなえないからです。 僕は、今日のリスクに対して、楽観的にみています。 そのリスクをおぎなうために、日本企業は、内部留保を続けてきました。 就業する人たちには、これだけ株価が上がっているのに、 給与が上がらない現実に辟易している人もいると思います。 しかし、日本は、世界の市場において、特異な動きを見せています。 それは、東日本大震災を経ているからです。 リスクをいつかは負う時が来ると身構えていたからこそ、 日本は今、致命的な状況ではないと断定できます。 今は、何でもない日常が美しいように僕は思います。 しかし、今を生きる子どもが、 将来日本を変えていき、になうと、 信じることができる、 少...

広瀬麻梨奈さんと出会った日

2011年3月11日から、9年が過ぎた。 今日の14時46分は、学校が休みの彼と、 車のオイル交換で訪れていたディーラーで迎えた。 テレビで追悼行事がやっていたので、心から黙とうした。 そのかん、9年前を考えたが、悔やんでも悔やみきれない思いより、 広瀬さんと出会ったことがなにより嬉しいことのように思える今がある。 お台場。 撮影が終わり、新入社員だった広瀬さんは、 スーツ姿で馬鹿みたいに重たいごみを上司に言われて 捨てに行っていたところだった。 新入社員は大変だなぁと思ったので、 「広瀬さん、僕がそのごみ捨てとくから。」 といって、とっとと捨てて、東京テレポートのキオスクで買った スーパードライを飲みながら、電車を待っていた。 そこに、いきなり広瀬さんが 「本多さん!」と声をかけてきた。 「さっきはゴミ出しありがとうございました。」 私服姿の彼女は、新卒で、大きなリングのピアス、 茶色のジャケット、ローライズジーンズ。 「ごめんね、俺撮影終わったあとたまにこれ飲んじゃうのよ。」 と断ったら、「逆に私も飲みたいです笑」と言ってきた。 電車に乗って、目黒に住んでいることを知って、 僕と同じ路線なんだね、じゃあ今度飲みにでも行こうか、 と、一応言っておいた。 その何週間か後、ご飯に行って、彼女が目黒が実家で、 銀行家の家で育ったことを知った。 僕は、当時品川でホテル暮らし。 おそらく8月には東京を去るだろうと考えていたので、 今しかできない暮らし方をした。 結婚は、女性との付き合いの延長に、家同士の関係ができる。 彼女とは、身分も違う。 実際僕は、8月初旬に、品川駅から博多行の新幹線に乗った。 彼女にも、東京の仲間にも、そして、東京にも、もう戻らないと思った。 僕は、塩気を失った塩なのだと思った。 それから半月。彼女が博多駅にやってきた。 僕に会うためだけに。 信じられないと思った。 '博多駅についたよ。’ 博多駅に初めて来たという彼女は、 博多口ではなく、筑紫口の模様が付いた煉瓦の前で待っていた。 僕は、すぐに東京に戻る決意をした。 そして、品川区に彼女と住むための家を借りた。 そ...

息子の初めて習い事

息子が2月から、地元の陸上部に入った。 小学1年生で入部してきたのは、久方ぶりだという。 去年の12月にいきなり、 「俺、なんか走りたいんだよねぇ。」と、 宿題をしながら話してきたので、 早速次の日に陸上部の顧問に連絡し、見学させてもらうことにした。 僕は超真面目な性格なので、 冗談で彼が言ったように聞こえなかったからである。 聞くと、練習時間は、土日の朝7時半から9時半まで、2時間。 シャレにならない。 土日も6時に起き、ご飯を作らなくてはならないのは、 もちろん妻なのだが、 それはどうにかなるだろうと思って、 俺は知ったこっちゃないとの独断で、入部した。 それと、サンタさんに、 「スターウォーズのレゴが欲しい」 という手紙を書いた彼の期待は裏切られ、 キッズのマジのランニングシューズを「サンタが」送ったわけもあり。。 皆さんはご存知だと思うんですが、 子どもの陸上部っつーのは基本単距離メインなんですね。 つまり、運動会でモテるために入るようなもんで。 しかし、彼が入部した陸上部は、 夏は短距離、冬は長距離と、どっちも教えてくれるんです。 というか、冬に至っては、襷(たすき)をかけてマジの駅伝とかするんです笑 駅伝というと、僕の大学は、いわゆる駅伝の最近の強い学校でして、 緑のユニフォームで、箱根駅伝に出ているとこなんです。 頭はそんなによくないふざけた大学そのもので、 私は真面目でかつふざけた人間そのものなので、 勉強してもその大学にしか行けなかったんですが、 もうおわかりですよね?結論を。 はい、彼にはスパルタ教育をこれからいたしまして、 スポーツ推薦で学費免除で高校大学と行ってもらって、 超スーパーエリート企業に就職して、 年収5000万とかまで行ってもらって、 当然じゃないですか?こう思うの。 だって、毎月部費が、1000円もかかるんですもの。 うちの子は違うざます! 嘘ですよ。(笑)部費は本当だけど。 実際は、サクッと朝部活が早く終わって、 サクッと午後はどっか行ったり。 ランニングが嫌いにならないで好きでいてもらえれば、十分ですよん。

アバクロのお姉さんに人気の息子など

今年で僕は36歳になる。妻は、32歳。子は7歳。 もうええ歳である。 ええ歳とはこういうことだ。 例えば、今日僕は誰かと付き合う夢を見た。 意味が分からない、それは、 夢で付き合いたいと無意識に思っているのが、妻だったからだ。 すなわち、この世は天国そのものだ。 さて、 僕たちはよく福岡の天神に行く。 とともに、最近はよく佐賀にも行く。 息子が、7歳にしてジャイアントの自転車を持っているんですぅ。 ませとーでしょ? それで例えば、大隈重信記念館に行ったりしている。 この間は、いきなり日本赤十字社に行きたいと言ったので、 日曜日に職員が休日出勤していたところをお邪魔した。 なぜ行くか。それは彼が行きたいといっているからだ。 皆さん、彼は、旅行の達人です! 郷土を知りたいと思っとるわけです。 ほんで、妻は妻で、福岡の僕が知らない店をよーー知っとる。 お前東京人やろーーもん! そもそも、彼女はもともとお菓子や洋食系(という表現が野暮だが・・) の知識をよーーー知っとります。 とにかく、僕はですね、逆にとにかく本当に無趣味なもので、 さらに僕本当に情報弱者で、すぐティッシュもらったり、 体験しませんか?の一言に、すぐ手を出すわけです。 そんな僕の楽しみが、アバクロンビーにいくことなんですね。 あそこ、匂いのよくなかですか?? あと、あそこの音響が好きなんです。ボーズのスピーカーね。 と思っていたわけです。でも、妻から指摘されたんです。 あなた、あそこの店員さんと話す時が一番楽しそうよ、と言われまして。 心外でしたね。 そんなこと思ったことなかとけ。 確かに、俺は、こんな暖冬なのに、 「このダウン、北極で着ても寒くないんですよ?」というねーちゃんの一言で、 「買おうか?」と、確かにまんまと言ったのは事実だ。 それには理由がある。 息子が、アバクロの、鏡に、鏡が映っている柱があって、 その真ん中に立って、 「むっちゃ俺がいる!」って、大騒ぎして、店員のおねーさんと もはや遊んでいた。 だ、か、ら、買おうかなと思ったんですね。 こう、店員さんも働いているわけです。そこで大騒ぎしたか...

ご無沙汰しています。現況について。

ご無沙汰しているブログを少し書いてみようと思いながら、 はや一年くらい更新していませんでした。 僕は生きています。 そして、とてもハードな日々を送っています。 なぜならば、子どもに勉強を教え、 さらに、妻に知識を蓄えてもらっているからです。 三点ほどお話ししたいと思います。 まず、妻に関して、彼女は某協会の職員ではありますが、 非正規雇用であるため、あくまでも転職を念頭にしています。 なので、彼女の就職活動に必要になるであろう グローバルな企業情報はじめとした資料集めや、 地道な知識集積を夜一時くらいまでやっています。 彼女は家事をして、さらにこのような知的活動をするので、 苦労は計り知れません。彼女のあくなき探求心には驚かされるばかりです。 また、子どもは、いわゆる地元の小学校に通っています。 次の春からは二年生になります。 子どもたちを順調に育てていらっしゃる諸先輩方とは違い、 僕は小学校というところがこんなに大変なものだと、 子どもと過ごすまで気づきませんでした。 例えば、時々昼の一時に下校したりします。 基本的には毎日昼の三時くらいに家につきます。 当初、僕の収入第一に、彼には学童保育に行ってもらおうと思いました。 しかし、僕が大学生の時、アルバイトで学童保育の現場を知ったり、 あらゆる情報をなんとなく根拠に、 僕自身が勉強などを直接教えようと考えました。 幸いなことに、彼の成長を身に感じることができ、家族もまとまっています。 最後に僕のことを話すと、僕の時間は、 子どもが帰ってくる午後三時から妻が寝る夜の一時を除いたものです。 休日は子どもと近くの公園に出かけたり、散歩したり、 また天神に行く用事がとてもあるので、 (子どもが某歯医者さんのおかげで身長がまっすぐ伸び続け、 それにともなって服を永遠に買わなきゃだからです泣) 実質平日の起きてから5時間くらいを営業活動にあてています。 正直な実情は、僕は仕事を辞退せざるを得ない状況です。 撮影はこれまでにないほど多々案件があります。 さらにプロの家庭教師組合みたいなものに入っているのですが、 それも全部断らざるを得ません。 それでも、貧乏暇なしでもよいと開き直ってい...

「彼」の背中を見て

僕には一人の息子がいる。 来年から小学生。ランドセルや勉強机などを買いそろえている。 保育士である僕の母から言われていたのは、 「男手」というのは、幼少期、だいたいでいうと、 おむつを替えたりしなくてはならない時期には、父親の存在は 極端にいうと必要がないという。 つまり、男は、仕事でしこたま残業をし、 稼いでおむつ代を稼いで来い、と言われていたようなものだ。 ただし、よく言われるセオリーとして、 3歳までに人のアイデンティティは、 どこに向かうのか、ということは決められてしまうと知っていた。 明るい子に育つのか、その逆なのか、ということは、仕事より重要なことだ。 幸運なことに、僕の息子は、人に対して優しい子どもになった。 疲れて突然泣き出すのではなく、ゆっくりと眠ってしまう。 電車に乗っても、外食をしても、自然にふるまう。 子どもが生まれた時は、誰でも不安を覚えるように、 僕も父親として何ができるのか、未曾有だった。 しかし、僕の中で一つだけ、 小学生になるまでの彼に対する解釈があった。 それは、彼をエリートにしようと一切思わないようにすることだった。 何も教え込まない。つまり、勉強をさせない。 僕が親から幼少期に通されただろう、 水泳、書道、公文、算盤、ピアノ。 一つも彼に与えなかった。 そのかわりに、 僕は自分が仕事をしている現場、 つまり、撮影している僕を見せ、 ディレクターや記者との食事に彼を誘った。 また、田畑と山岳が広がり、有明海と玄界灘に面し、 清流が流れる佐賀の自然に触れさせ、海や川で、泳ぐという意味を感じてもらった。 一方で、刻々とグローバル化する都市、福岡に毎週行って、 ビルの中を散歩し、空港に行き、博多駅に行き、 また、港湾に留まる巨大クルーズ船を見せ、 今の家と外国、そして、都市が近いことを知ってもらった。 夜の7時になると、必ずニュース7を一緒に見る。 僕は難民や戦争の話、世界と国内情勢を解説するようにしている。 6歳の子どもにニュースの話をするのは難しい。 だが、少なくとも彼は、 日本という国が恵まれていることに気づいているし、 ロヒンジャやシリア、中米の難民に思いをはせている。 うちには山のような絵本がある。 しかし、僕は本の世界より...

バラエティを作りたい!

ブログをぶろっがーでさくせいしました!いやー。 ホームページ、新しくなりました。 ワハハ感ありません。硬いです。 お医者さんだったり、起業家の人とか、 結構まじめに書かないと怒られそうなので、 笑いの要素入れず書いているんですが、 でも、僕はもともとバラエティのディレクターなんです。 5年前にえねーちけーに入ってから、 約1年間だけなんですけどね、 バラエティ作成にほんそうしました。 えねーちけーってすごいんですね。 僕それまでテレビなんてほとんど見てなかったんですが、 何処の馬の骨かもわからない僕を採用して、 入局3日目で現場に行けっていうんですね。 僕が手がけたバラエティ「たんけん!自転車日和」は、 佐賀局開局以来きってのお化け番組とかしました。 平均視聴率が20パーセントを超えて、 佐賀局の屋台骨と言われるようになりました。 どこにロケに行っても「楽しみに見ているからね!」って 声をかけられ、すごい反響でした。 いまでもNHKやそれ以外の民放のバラエティも見ます。 九州だとFBSとかRKBとかローカル局の放送も見ることができます。 でも、僕たちがつくっていた、「たんけん!自転車日和」は、 TBSや日テレのバラエティに引けを取らないクオリティだったと 今振り返ることができます。 視聴者のことを思うと、自然とクオリティは高くなっちゃうんですね。 僕は、自分たちのホームページにはこのワハハ感がないことに、 昨日気づき、そういえば僕は質の高いバラエティも作れるんだったっけ? と昨日気づきました笑 だから、僕たちのページを見てもらうために、 このワハハ感をもうちょっとおしだした何かが作れないかと模索しています。 今後も本多総合研究所のホームページにご期待ください! そして、このブログも多くの人に見てもらえると幸いです。 どうかよろしくお願いします!